谷崎潤一郎 『吉野葛・蘆刈』

 中編2つ。どっちも導入部は紀行文の形をとりながら、その下地を古典文学に取って脇をがっしりと固めたあと、わりと突然に伝聞の形で小説の筋が始まる。谷崎関西移住後中期の作で、それぞれ舞台は、『吉野葛』は秋の吉野山、『蘆刈』が京都と大阪の間くらいにある水無瀬とか山崎とかいう辺り。
 『吉野葛』の構成の堅さがすごい。最初は小説の素材を取りに行くと言いながらその吉野の山奥の歴史を概観して、当地に着いてからは史蹟を巡りながら川を遡行していく構成の妙が、同行者の津村が遂に昔語りを始めた時に実を結び、これまでのその実際に川を"遡"行していることやら、独特の歴史や伝説を追うことで時間的にも過去へ想いが向かっていることやらなんかを合わせて一気に物語の世界の中に溶かされていく。これは『蘆刈』もそうだけど、時間的なあれを重ね合わせて多義性を持たせる物語の筋、本当に堅牢で力強い文章と、あと『蘆刈』のお遊さんという鷹揚なお姫様気質の女性の書き方はさすが谷崎潤一郎

吉野葛・蘆刈 (岩波文庫 緑 55-3)

吉野葛・蘆刈 (岩波文庫 緑 55-3)