チェーホフ 『チェーホフ・ユモレスカ―傑作短編集〈1〉』

ショートショートくらいの長さの喜劇がたくさん入った短編集。あの、「このタイミングでこの台詞、もしやチェーホフ先生、これをサゲに笑いをとりにいらしましたな?」という雰囲気は伝わってくるんだけど、俺の教養が無いせいなのかな、その19世紀ロシア庶民あるあるが全然わかんないから、ちっとも面白くないわけ。多分それがわかれば、生活の中から「そこを切り取ってくるんだ」というカリカチュア化の手法にチェーホフの観察眼の鋭さや庶民に対する愛、そして時や場所を隔てても通ずる人間の普遍性が伝わってくるんだろうし、確かに何編かそういうのもあるんだけど、まあいかんせん。基本的にそれを補っていくのも翻訳の役割なのだと俺は考えるけど、そういう意味ではこの和訳は逐語訳っぽいのが多いわで翻訳小説っぽさ丸出し(ロシアの小説独特の抑揚口調みたいののせいもあるだろうけど)、これで今の日本と通じる普遍的何かを見いだそうというのはちょっと難しいぜ、と思う。わりと新しい訳なのになー。まあ注釈をつけてたらつけてる間に終わっちゃうような掌編ばっかりというのもあるんだろうけど。実際、いくつか付けられている注釈は全て的確なボケ潰しとして機能しているからね。本文の後に

*ロシア語では、
 五等官は、スターツキー・ソヴェトニク (国事参事官)
 四等官は、ジェイストヴィーチェリヌイ・スターツキー・ソヴェトニク (正国事参事官)
と言う。正副のという場合の「正」と訳したジェイストヴィーチェリヌイは、ロシア語では、「実際の、本物の」という意味もあるので、四等官が真の国事参事官で、五等官は真の国事参事官ではない、という意味になる。最高級の一等官から最下級の十四等官まであって、四等官以上が将官つまり閣下。複雑な称号なので、わが国では普通、仮に一等官、二等官……と等級で訳している。チェーホフは、四等官と五等官を並べたときの、「真の」四等官、「只の、あるいは偽の」四等官、つまり五等官という言い方をおかしがっている。

っていう訳注が付いた日には。おかしがっていますか。左様ですか。としか。

チェーホフ・ユモレスカ―傑作短編集〈1〉 (新潮文庫)

チェーホフ・ユモレスカ―傑作短編集〈1〉 (新潮文庫)