里見トン 『文章の話』

トンは弓へんに享。白樺派の方と聞いていたけれど、わりと最近までご存命でいらしたんですな。ただこれが書かれたのは70年位前。普遍的なテーマなので古いことが悪いことではないでしょうけど。文章と言ってももう言文一致の時代ですし。『日本少国民文庫』という子供向けの本として書かれているんだけど、充分に大学生、大人でも読んで参考になると思いますよ。

言葉とは思想であり、文章は思想の発表である、というテーゼから、前半はどちらかというと物事の考え方について語っています。ちょっと精神論に頼りすぎかな、と思う部分もあるけど、平易な言葉で時折自身の造語を交えながら、等身大の文豪が親身になって言い聞かせているようで、非常に説得力と熱意を感じます。読むほうを意識した言葉遣い、というのはその、文章は読ませるために書くという主張そのままのようでいいですねえ。人間が他の動物と区別される点は「うそ」をつくところである。なんてね、惹きこまれるでしょう。
後半には文章の話が始まるんですが、これは凄いですね。そうか、言葉を作るのは作家だよなあ、という当たり前のことを思い出させるような、内容のある凄く素敵なアドバイスが満載です。文法について語っているのではなく、実用的なというか、自分の考えていることを素直に著せるような、そんなアドバイスであり、また若い人に向けた文豪からのエールでもあるような文章です。こういう文を書けるのが文豪なのでしょうなあ。

本の内容には関係ない話。「とても」は否定語を呼応させないと駄目だったんですねえ。非呼応になったのは大正期からだそうな。


文章の話 (岩波文庫)

文章の話 (岩波文庫)