佐伯啓思 『自由とは何か』

佐伯先生。総人の右派の偉い人。退官前に授業をとりたいとは思うのだが、なかなか時間が合わないんだなあ。

自由であることが至上目的化されている現代に於いて、じゃあその自由とは何ぞやということを詰めていく話。イラク問題とか援助交際の話しなんぞをちょこちょこ挟みつつ、前半は歴史的な経緯についてまとめてて、後半に著者の共同体主義っぷりが炸裂してます。
市場におけるリベラリズムを「市場中心主義」「能力主義」「福祉主義」「是正主義」の4つに分類してるんだけど、でも結局それって、個人を定義する際にどの程度の偶然性(どの共同体に生まれるか、どの能力を持って生まれるか)を排除するか、という程度問題に過ぎなくて、それってつまり個人の人格がどの程度、成功に値するかという価値基準の話だよね、しかもそれって社会でのシステムだから、実際問題個人で選べなくね? っていう問題があるのね。つまり、何の負荷もない、いわゆる自由な人、ってのも特定の共同体の価値の下にしか存在しない、と。んでここで著者が言うのは、そもそも自由って、ある目的に対する手段じゃねえの? もうそれ自体を目的にする段階ではなくね? ということで、個人として偶然性を引き受けることがむしろ自由につながる、ということ。つまり自分が生まれた共同体に対して責任を持つということだね。戦争とかテロとかで自分が死んでいた可能性もあるんだ、ということを意識しろと。その可能性を引き受けろと。この辺りをハイデガーを引きながら言っている。こうなってくるともう、いわゆる自由とはかけ離れた概念だ(そらそうだ)ということで、この自由を著者は「義」と言い換えてる。これはそれ自体は定義不可能だけど、共同体みんなで共通している何かなんだね。勿論その「義」というのは共同体ごとに違うから決して妥協は出来ないし、むしろそれをぶつけ合って、相互承認するしかないんだなあ、それなんて『魔法先生ネギま!』の超鈴音?っていう話。ここまでが俺なりにまとめた粗筋ね。


さすがに後半の著者の主張は、うーんきついなあとは思いますな。真剣に考えたらそういう結論に辿り付くのかもしれないけれど、それをおいそれと覚悟できるものではなかなか無い。まあ平和ボケですわいな。グローバライゼーションによって世界全体で共同体化できるってことはないんだろうなあ。火星人が一斉に攻めてくるでもない限り。
全体としてはかなり面白く読めたよ。ほんとはかなり難しいはずの哲学者の言説をかなりシンプルにして説明しているし、新書レベルの「自由」論の経緯やらまとめとしては凄く理解しやすい。普段は当然のように言われている「自由」ってものに対して新たな観点を導入できる、というか考えるきっかけには充分なると思う。

自由とは何か (講談社現代新書)