10年くらい前の千葉ロッテのヒーローインタビューでやたら「勇気づける」という言葉が出てきた時に、ボビー・バレンタイン監督が「couraging」という言葉をよく使ってたりしたのだろうか、とか思っていたよね。

 研究室の遠足で、嵐山の方、保津峡駅から化野念仏寺まで歩いてきたんですよ。まあ紅葉の季節の嵐山、そこをぐねぐねと曲がりながら流れる保津川の横を数キロ歩くわけ。その先にあるのが化野念仏寺、ここの有名なのは西院の河原、その昔にこの辺りで風葬を行われていた頃、その無縁仏を集めて空海が墓地を作ったのだそうな。銘の無い大量の石が並べられ風化しているさまが、人の世の無常感を煽る、のだと聞く。そこに行きつくわけ。あのねえ、その中を歩いてみると、別に悪い感じはしないんだ。なんていうのかなあ、俺みたいな無職はこんなに居場所がないというのに、死にさえすればこうやって、名のある僧に弔われて、墓石でこの世に区画を割り当てられる。苔のむすまで。死にさえすれば、死にさえすれば。なかなか励みになる話ではないか。
 という話を、その遠足後の研究室飲み会で後輩にしたところ、それは違うよcmizunaさん、今となっては人も死者も大概増えて、よっぽどエリート死者でもない限り、無縁仏としてみんなまとめられてしまうのですとのこと。マジかよーなんつってさ。ぐだぐだ飲んでるわけ。行った店が海鮮居酒屋なのに、コース中でもっとも鮮魚に近い料理が序盤に雑に出てきたカルパッチョだけで、他に魚要素はいっさいないようなクソ居酒屋でですよ。飲み放題のハイボールなんか、風味しかない炭酸水ですからね。そんな中、無職に関する愚痴を後輩に絡みまくるわけ。物理をやめるに至る道もわりと詳しく話すんだけど、後輩陪審員の3人が3人とも、「前に訊いた時には辛い話だと思いましたが、今回詳しく話を聞くと、cmizunaさんの指導教員のメールはたいへん思いやりにあふれたメールで、それを曲解してもう駄目だってなって『ふあぁぁぁぇぇぇ物理やめましゅうぅぅぅぅ』ってなったcmizunaさんが頭おかしい」という意見で一致してて、「マwwwジwwwかwwwよwww」なんて笑っている。え、俺が厄介な人なの? まあ、そうかもなあ、なんつって。そりゃ、思いやったメールを送るとテンションが削がれて、無縁仏の墓地を見せるとガッツが貯まるタイプのヒロインとか、エロゲでも見たことないしな。そんなの攻略のしようがないよ。このまま死にたい。