何度目の春だって覚えている、何度目の夏だって書き留めてある。何度目の秋のことだって君に語ろう。そうしたら、何度目の冬だって、一緒に過ごしたことになるから。

 研究室の遠足がありましてねえ。年2で行ってて俺がもう5年目なんだから9回目ですよ。飽きるかというと飽きない。というか、過去の遠足行ったところリストみたいのがあって、ちょうどそれが博士課程5年いる学生が同じところをまわることがないよう、10箇所ぶんくらい用意してあるんだけど。まあそんで俺にとっては9回目、これの行き先が、えー、京都は南東にある、醍醐山というところでした。
 まあ俺と遠足と言えば、ちゃんと欠かさず来るわりに最後尾でちんたらちんたら歩きながら、遠足係の後輩(誰かがしんがりを確認しないといけないのだ)にえんえんと「疲れた」「俺いま汗だくなんだけど」みたいなことを愚痴るという最悪な人になるわけなんですけど、しかし今回の醍醐山、これが俺、意外と楽しみで。まあ山の部分はどうでもいいんですけど、この山のふもとにある醍醐寺の、三宝院ってお庭が俺、ちょう好きなんですね。
 これねえ、学部の入試に受かって入学手続に来たのがもう8年前の春のこと、確かちょうど野球の第1回WBCアメリカ戦があった日の朝ですよ。あの西岡のタッチアップで点が入るだの入らないだのとすごい試合になって、ホテルでテレビ見てたいなーと思ったところを渋々部屋を出て、待ち合わせた父親に連れてこられたのがこの三宝院、「これは」と思ったのですねえ。俺の生まれ育った北海道、素材勝負なお花畑こそあれ、まともな庭園あんまない(俺が見た中で一番手のかかっているのがヒマワリ迷路)ですからね。なるほど、俺は、こういう庭のある京都というところで暮らすのであるか。あれから8年、結局その三宝院を再訪することはなく、大学生活を京都で過ごし、まあ上手くいけば今年で京都を出る(上手くいかなすぎても現世を発つがな)、ここでまた醍醐寺に行くと。緑の深まる梅雨前、庭を見るには良い季節です。これは楽しみじゃないですか。


 はい、まあ山は登りました。登っちゃったら仕方ないから下りてくる。相変わらず後ろの方でだらだら歩きながら、後輩に「俺に追いつかれると論文出ない病がうつるぞーがおー」とか言っている。あんまり笑いとして成立してなさそうな反応をされている。まあいいんだけど。下りたところで写真撮って、そこで一時解散、夕方頃に京都市内の繁華街に戻って飲み会をやるのである。その空いた時間で三宝院に入りました。
 軒下に座って、あの庭園を眺めます。広がるようにしてありながら逆説的に存在しなければならない長方形的あるいは画板的な庭の区切り、その二次元性に対比するかのように、しかし池に浮かぶ大きな岩とそこに重層的に生い茂る樹木、この立体感だ。相変わらず素晴らしい庭である。慎ましげに響く滝の音も心地良くてすごい眠い。すごい眠いわ。すごい疲れててすごい眠いわ。せっかくちょう楽しみにしてきた庭、山に登って下りてきたらもう閉園まで1,2時間しかないのに、それが耐えられないくらい眠いわ。全然目を開けてられない。そして軽く目をつぶったら、一瞬の間に淫夢を見ました。お寺なのにな……。煩悩である。8年間の京都生活、目を閉じれば一瞬の淫夢のようであった。すごすごと地下鉄で三条へと戻ります。


 まあこっから研究室の飲み会に集合するんですけど。まあそこまでの一時間半に関しては、三条の駅に直結しているブックオフで時間を潰そうと思ったら、わりと即座にウンコがしたくなり(便意を催し)(ウンコがしたくなり)、駅のトイレに駆け込んだらそこが和式な上に紙を自分で買うところで、外からも見れるようなところにあるクソボロい紙専用の自販機、10円玉4枚を要求するところ、財布をほじくり出して投入して購入ボタンを押しても出ません。返却ボタンを押すと10円玉が2枚吸われている。哀しみを抱えながら近くのデパートにとぼとぼと歩いている間に概ね1時間は経っています。こういうのが積み重なって8年間になったと言えるし、8年いたから焦らずトイレを探せたとも言える。


 そんで飲み会の会場の前に行くんだけど、あのねえ、この会場の鶏肉居酒屋、やっぱ2月に合コンで来てるとこ、なんですよね……。
 この前日かな、前にこの遠足の幹事に研究室飲み会の手配を頼んだら、どうでもいいチェーン居酒屋みたいなとこに連れてかれていたくがっかりしたのを思い出して、幹事に
「あの、明日の飲み会って、どこ?」
って訊いたら、返ってきた答えがどっかで聞いたことある店名だったんだ。え、そこ、合コンで行ったとこだよね、確かに飯は旨かったけど、あんまいい思い出はなかったよね俺ら、と思って
「え……そこ、こないだ、行ったよね?」
って言っても、なんだか薄らぼんやりした答えしか返ってこない。意味が分かんないんだけど、なんかその時、俺、すごい疲れてて。しばらく考えてから、もう1人2月に一緒に行った後輩に
「あの、あいつに明日の飲み会の場所聞いたら、どこそこのなんちゃらって言ってるんだけど、それってあいつなりのギャグだと、思う?」
なんて訊いてるの。
「ギャグなんじゃ、ないですかね……?」
そうなんだ、って思って。あれ、ギャグだったのか、なんだか真面目に答えちゃったよ。後輩のギャグも分からないくらい疲れてんのか、よっぽどだなと思って。これ以上学校にいると俺の論文出ない出ない病が後輩に伝染るわ、なんつってさっさと家に帰ってたのが前日だったんですけど、当日に研究室メーリスに来たリマインダメールにもその鶏肉居酒屋の名前が書いてある。ギャグじゃないじゃん……。


 1回行った居酒屋なんかたいして面白くないわけ。2月に一緒に来た後輩1人と、あと4月から入ってきた後輩1人と同じテーブルにいるんだけど、もうネタバレしかしてないからね。
「ここ注文送る用にiPad配られるけど、それに関するひとはしゃぎは俺らもうやり終わってるから、1人で勝手にやってね。ホームボタンは効かなくても白丸の補助ボタンでホーム行けるしそっからsafariも立ち上がるよ」
とか言って。つうかまず、居酒屋の飲み放題って、メニュー表に書いてあるよく分かんない名前のオリジナルカクテルとかを銘々試して感想を言い合ったりするもんじゃん、
「前、なに頼みましたっけ」
「俺ハイボールばっかだったからな、何も入れない普通のトリスハイ入れといて」
でおしまい。まあ鶏肉は変わらず旨かったし、まあ違う人と来たら違うこと喋るんだけどさ。今回はずっと、鶏肉を食うと巨乳になれるという話をしてて
「さあ、その鳥串を食べておっぱいを大きくして、あっちのあいつにおっぱいを押しつけるのだ」
「嫌ですけど」
なんつって。さすがに女の子と来てこういう話はしない。
 まあしかし、その店を出て2次会に珈琲を飲んでバスに乗ってうちに帰る、あちこちに自分の知っている場所があって、まあ8年いたなあと思うわけです。京都に来たばっかの頃は、夢に札幌ばっか出てきてうんざりしたものだけど。今はあちこちに淫夢が転がっている。蹴り飛ばすのだ。