山上敏子 『山上敏子の行動療法講義with東大・下山研究室』

 まあ1年半くらい前まで俺もあんま知らなかったんだけど、臨床心理士っていう職業があって、精神科医とは別の職業で、貴方は何病ですとかの病名をつけたりとか薬を出したりとかは出来ないんだけど、しかしまあ最近は保健所とかそちこちの学校やら会社やらにあるカウンセリングルーム(うちの大学、大学のカウンセリングルームと別に、理学部専用の相談室もあるからね、しかもそっちの方が予約混んでるとかいう話もある、果たして理学部とは闇、闇である)でメンタルっぽい相談を聞いてくれたりそっから治療に移ったり、あとは発達障害やらで児童相談所にいたりするわけですけど。で、その臨床心理士が、相談に来た人から悩みを聞き出し、その人が少しでも生きやすい方向に治療する際にとる指針の1つに、行動療法というものがある、と。他の、例えばフロイト精神分析がどうこうトラウマがどうこうとか、森田療法の神経質性格からの負の連鎖とかみたいに、行動療法には根源たる理論みたいなのはないらしいんだけど、そのぶん実践に徹することが出来て、「こういうことを言っている相談者が目の前にいる」からの「この人やその周りの人が生きやすくするには、どうすればいいのか」というのを技術、方法として確立することが出来る、それが行動療法であると。で、この本は、その行動療法を用いる時の心構えなんかを、第一人者であるところの著者が話した講義録。
 この講義をしている時点で著者の御年は65を越えていて、もう海千山千もいいところなんだけど、その海千なら海千でその千の相談者一つ一つ全部に寄り添って、ちゃんと実行出来そうなアドバイスをちょっとずつ加えて生きやすくさせるための、例えばどこに相談者の本当の悩みがあるかを聞き出せるような質問の仕方、どこに相談者でも自分の生活を変えられるようなきっかけがあるかを見抜く方法なんかが話し言葉で優しく分かりやすく書いてあって、ついでにこの講義を受けてる若い臨床心理士にも「がんばって」なんか寄り添っちゃって、海千を超えていく。まあもちろん臨床心理士の専門職としての技術的な詳細は、それこそ別の講義に譲ってあるんだろうけれど、そのひたすらに実践に基づく態度というのは、普通に臨床心理士と関係ない人が読んでもわりと参考になる。一般向けじゃないぶん、きちんと射程をわきまえてるというか、書いてあることを明日使いたくなって、別にアドバイスを求めてない人にアドバイスしちゃうようなお節介おじさんになるようなことはない、というか、そこをぐっと引き締めて、本当に人の話を聞くというのはどういうことか、親身に相談を受けるというのはどういうことか、というのを教えてくれる本なのだね。そういうのを、コンディションでブレない、手についた確かな技術として持ってる人というのは、なんというか、すごく尊いのだと思う。俺みたいなクズがこういう本を読むときに必ず思うのは、「アドバイスだかなんだかをして、それでたかだかお前の思う"あるべき人間"にねじ曲げて満足か」 というパターナリズム糞食らえ的なアレだけど(そこはまあ、文中にもあるように、臨床心理士のもとに相談に来る、あるいは誰かに連れられてくるという態度が前提なのもあるんだけど)、それさえこうやって、技術の習得という形にまとめられて、それを目一杯の努力でしてきた人に、俺はもうそんな捻くれたことを言うべきではないんだろうね。

山上敏子の行動療法講義with東大・下山研究室

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