くつください

 みんなは、靴が欲しいって思ったこと、ある? まあ、あるだろうね。じゃあ、靴がないってなったことは、ある? 俺はある。あのねえ、靴がないっていうの、精神的に厳しい。よくあるじゃないですか、どこぞの貧困国に靴を送ろうプロジェクトだの、あれかー、と思う。あの対象なんだな、今の俺、と思う。
 なんかね、気が付いたら、靴に穴が空いててさ。なんか、踵が完全に擦り切れてるのね。靴底の踵のゴムの部分がなくなってて、
キモオタさんの踵

靴下

靴の中敷き

地面
なのね。それか、
夜中に俺の部屋に忍び込んで俺の靴の臭いを嗅ぐおじさんの鼻先

靴の中敷き

地面
なの。おじさん、お化粧落としてからそれやってくんないと、ファンデーションが靴に付いてバレるから、ちょっと気をつけてね。で、穴空いてるの、もういつからか分かんないんだけど。こないだ10km歩いた時かもしれないし、確かコミケ行ったときもこの靴だったから、あの時も毎朝数キロ歩いてたし。
 それで、ドイツの出張先での日程が9/13の午後に終わって、そっからフランクフルトまでが電車で5時間、その夜はフランクフルトに泊まって、で、次の日の夕方の飛行機で日本に帰ることにしてたんですけど。まあまずその、フランクフルト行くまでの電車5時間がきつくて。なんか知らんけどもの凄い酔って、そんでなんか混んでるから、特急列車の入口脇でしゃがみこんで、出来るだけ遠くの方をぼーっと見て数時間やり過ごすという。こんだけ酔ってるってことは腹が減ってるんだな、と思って、フランクフルトに着いてからバーキンでセット頼んだら、恐ろしいポテトの量で「あれ……俺、腹が減ってたはずでは……?」ってなった。この感想を抱くの、通ってた高校の近くにあった中華屋の"ババアの機嫌次第で量が変わる炒飯"のMAXバージョン食ったとき以来だよ。もうそんなてんやわんやでフランクフルトのホテルに泊まるわけ。なんかもう、ちょうどフランクフルトではでっかいモーターショーをやっててホテル満杯で、なんか知らんデザイナーズホテルみたいなとこ自腹切って泊まってるよ。もうね、あまりにお洒落すぎて、入った途端、これ美容室かなんかだと思って"い、Is this a、 hotel......?" とか訊いてるからね。笑われながら"Yes."とか答えられてるよ。なんかちょうお洒落で、あらゆるものが長方形であらゆるものが真っ白なのね。俺の靴下だけが、なんか土付いてて薄汚い。
 次の日だよ、夕方まで時間あるから、少しフランクフルトを見て回ろうと思ってたんだけど、なんか起きたら雨降ってんのね。「雨とかあんのかー」つって。まあ、持って行ってたキャリーバッグ、コミケの荷物がそのまま入ってるから、ビニールの雨合羽くらいすぐ取り出せるんだけどさ。必要ならカイロとかも入ってるからね。夏コミより暑いか冬コミより寒いかしないと俺は倒せないぞ。まあ弱点は水たまりで、右足を突っ込むともう靴下がびっちょびちょなんだけど。あと、雨合羽は着てたら、駅の売店のおっさんに「日本人だろ? その合羽ですぐ分かる」とか言われたのがわりと切なくて、雨がやんだらすぐ脱ぎました。
 フランクフルト、別に観光するところはあんまないらしくて、結局動物園に行きましたよ。フランクフルトの動物園、まあ広かったけど、あんまぴんと来なかったなー。一応ペンギンもいたけど、キングペンギンとあと何いたっけ……。ここの動物園、説明板も全部ドイツ語だから、あんまちゃんと見てなくて覚えてないのだな。スマトラトラがいたのも覚えてるけど、上野にもいるしなあ。見たことないのは、あ、そうそう、キウイ、鳥のキウイを初めて見ました。歩き方が独特で可愛いですよ。君の方がかわいいよ。それと、ゴリラ館にゴリラと握力を比べようって感じで、握力計があったね。なんか、俺、自分が握力そんなに弱くないと思い込んでて、うりゃっ! って握ってみたら、なんかね、両手どっちも2,30kgくらいしか出なくて。普通の成人男子で40kg代後半出るよね。30kg弱って女性の平均値だからさ……。しかもそれ、何回か試してみたら、右腕にぴきって感じの衝撃が走って、そっから数日ずっと靱帯が痛かった。ちゃうねん……なんかその握力計がドイツ人サイズで、えらくデカくて掌に納まらなくて、そっから力がよう入らんかってん……。
 ああ、あと、なんかねえ、昆虫の飼育館もあったんだけど、なんかヤバかった。フランクフルト動物園、わりと広々としてるのに、その昆虫館の虫かごの中だけ異様な密度で昆虫が詰められてて超キモイ。なんか最初にそれに気が付いたのは、木の葉に擬態するナナフシみたいなんで、なんか普通そういうのって、木の枝があってそん中に数匹ナナフシが入れられてて、さあ木の葉の中からナナフシを探してみようじゃん、全部ナナフシでさ。「うわっ」っつっちゃったよ。ドイツで。もっと酷かったのはマダガスカルオオゴキブリだよ。あれ確かそうだよなあ。世界で数番目に大きいとかいうゴキブリとして有名なんだけど(もちろん皆さんもご存知ですよね)、これも上野にはいる、上野で見たときは確か数匹くらいで「でっかいけどこんなもんかー」なんて思ったものだけど、ここのは酷い。地獄絵図。
 まあ雨はわりと午前のうちにやんでるんだけど、既に靴下は濡れそぼっているわけ。動物園からフランクフルトに戻る途中で、でっかいデパートによって、まあ靴はともかく靴下を買って。ああそう、そこのデパートに、ちょうど季節だかで、あのオクトーバーフェスト用の民族衣装あるじゃん、あれ売ってたんだけど、ちょう可愛かった。あの、あれ巨乳用のコスチュームだと思うじゃん、webで画像を探すと、どぎつい金髪巨乳が半乳見せてる画像ばっかり見つかるけど、あれ、普通のマネキンに着せると普通の衣装としてちょう可愛い。覚えておいて。
 そんで、駅でベンチに座って靴下を取り替えて空港に着いたら、なんか、飛行機が今日は飛ばないとか言ってるのね。なんかそもそも日本からの飛行機が途中で引き返しちゃって、折り返すための飛行機がないんだとさ。明日の昼過ぎくらいにまたここ集合らしい。なんか航空会社のおじさんが頭を下げて言うことには「それで、今夜はあちらのホテルをおとりしましたので……」そう言って航空会社の人が指さす方向は、ホテルの向かいにあるなんか高級そうなホテル。あらあらと思って。聞けばホテル代やらご飯代、それに本来有料なそのホテルのwifi代まで負担してくれるらしい。そんなことよりお前の履いている革靴を寄越せ! 靴置いてけ! がおー! まあ、往路ならともかく帰路ですから、たいして困りはしないわけ。
 なんかねえ、そのスーツ着てちゃんとした航空会社のおっさんに頭を下げられるときも、空港からホテル直通の渡り廊下をてくてく歩くときも、久々に泊まったちゃんとしたホテルで受付の人に深々と頭を下げられる時も、ホテルの夕飯で瓶ビールを開けるときも、俺の靴には穴が空いているわけ。ホテルのwifiの使い方が分からなくて、取り敢えずロビーではフリーwifiがあるからって、ホテル最上階の一番端の俺の部屋からロビーまでをてくてくてくてく何往復もするときも、乗継の便を確保するのにまた航空会社のおっさんと話をするときも、俺の踵はホテルの床をかなりダイレクトに感じているの。さすが高級ホテル、廊下のカーペットがやわらかいね。
 取り敢えず日本に着いてしまえばこっちのものである。日本ならまあ、あいつらは間接的にねちねちと俺を殺そうとはするけど、まあ代わりと言っちゃなんだがあんまり直接襲ってこないし、あと道端にあんまり犬のウンコが落ちてないから、靴に穴が空いてる人にもやや優しい。日本で眠いのは別にいいやと思って、飛行機の中の13時間だっけ、ネットも遮断されてる中、寝ないで論文読んでました。それで成田空港に着いてみたら、なんか空港の発着案内板がすごいことになってるわけ。台風で軒並み遅延だか欠航になっている。んで、俺はこっから羽田に行って、そっから伊丹に乗り継がなくちゃいけないんだけど、もう、そんな飛行機が飛んでるわけないじゃん。成田から羽田まで行くバスすら、台風の影響で首都高に速度制限かかってて時間通りに着かないんだよ。
 まあ羽田も既に、もの凄い人が窓口に並んでるのね。当たり前だけど、乗りたかった飛行機のとこにはもう欠航マークが付いている。あの、こういう時にどうしたらいいかって分かる? 飛行機はもう諦めて、強風でパンツがいっぱい見られそうなところに行って体育座りする。ピンチをチャンスに変える発想だね。靴を買いに行く。靴を買いに行く靴がねえから。取り敢えずこんなに人が並んでるんだから、並んだらなんかあるだろと思うじゃん。この列がまた進まねえんだ。つかまあ、俺の列の進むスピードって、「これがコミケのシャッター前サークルで4つ窓口があった場合」と比べてだから、そりゃ基準がおかしいんだけど。いくらキモオタどもが吃音気味だとしても「アッアッ……シッ……新刊全部」「2500円になります」だけのやりとりの方が、この空港でのチケット確認して返金だか振替便だかの空席をまた確認して手続きして、っていうやりとりより早いだろ。列が進まねえ。しかも列はちょう長い。で、なんか、並ぶ先の窓口の横に「国際線乗継用窓口」ってのがあって、その窓口は誰も並んでないんだ。たぶんこれは、これから国際線に乗り継ぐ、急がないといけない人のための窓口なんだろうな、というのは俺もアホの子ではないから分かるよ。しかし俺も一応、国際線からの乗継でここにいるわけだしな、あそこって並んじゃ駄目なのかな、って思うよね。あともう1つよく分かんないのは、この俺がいまなんとかしようとしている伊丹行ってのは、そのドイツのホテルにいた航空会社の人にとりなおしてもらった乗継便だから、手続き的には俺の予約してた国内便はキャンセルされてるはずで、俺はチケットも持ってなくて、俺がその欠航便に乗るはずだった人間だと証明できるものは、なんか預け荷物を引き取るときに交換するタグに一応便の名前が書いてるだけ、ってのだし、そういう代わりにとってもらったものに払い戻しとか振替とか、そういうシステムが用意されてるのかもよく分かんないよね。それで、その航空会社の人がいたから、列に並びながら事情を説明してみたら、なんか、関西行の飛行機はまだ再開の目処が立ってないから、並んでも無駄だって言うのね。列抜けるじゃん。もう何もすることがないよ。
 この時点で24時間くらいずっと起きてて、しかもうち半分くらいは飛行機の狭いシートに押し込められてたわけで、もうへとへとなんだよね。どうしていいのかほんとに分かんなくて、取り敢えず伊丹からのタクシーを電話でキャンセルしようとか、近くに宿を探そうかとか、新幹線はどうだろうとか、いや出張で来てるから勝手に交通手段を変えるとまた事務がめんどくさいことになるとか、色々考えるよね。あまりに呆然とし過ぎて、台風が東京を通過して、関西行の臨時便が30分に1回くらいたまに復活して電光掲示板に出てはすぐ空席×になるくらいにいつの間にかなってて。あの、一瞬だけ出る関西行に乗るにはどうしたらいいんだろう、っていうのが全然分かんないわけ。相変わらず窓口への列は長蛇の列で、並び始めてから窓口まで数時間は余裕でかかるんだよ、それを並んで、ちょうど窓口に着いたところに臨時便の発着が決まって空席に滑り込む、みたいな偶然を信じて並べばいいのか? もうこのシステムは分かんないけど、みんながみんな、そんなアホな数時間かけた目押しスロットみたいなことやってるわけはあるまい、なんかシステムがあんだろと思って、さっき抜けた列にまた並び始めました。
 まあ、窓口に着くまで4時間かかるとは思わないよね……。まあでも、関西行の最終便の空席がとれて、なんとか当日のうちに帰れましたとさ。もう、飛行機の席に着いた瞬間に寝落ちして、気が付いたら伊丹で、家に着いたのが日付の変わる10分前くらい。なんか、こういう時の空港での対処法が、「あの長蛇の列に並んでる間に台風とか過ぎるから、適当に並んで、そのうち出始める便にキャンセル待ちを入れていく」が正解なんだね。知らなかった。家に着いて、穴の空いた靴を脱いで、そしてこの靴を露出プレイ用の衣装棚に仕舞い込んで。夜中に今度は靴下なしでこの靴を履いてご覧なさいな。なんか大事なところがすーすーするよぅ……。