丸谷才一 『裏声で歌へ君が代』

 従軍経験のある中年の画商の梨田を主人公に、その旧友であるところの、台湾独立を目指して「台湾民主共和国」という国家を立ち上げようという運動の中心者の洪や、美人の愛人なんか、いろんな人物と会話劇を繰り広げながら、近代国家の実質について様々な見解を繰り広げる大部。
 個人的に俺のいるこの業界、台湾の大学に滞在経験のある人が結構いて、なんならそこで嫁さんを連れ帰ってきたりする人も何人かいて、わりと台湾の話を聞くことも多いんだけど、そこに使えそうな豆知識もあるし、中年と未亡人の小慣れてるけどちょっとぬるっとした男女のやり取りも洒落ているし、何より人物ごとの多様な、それぞれに深い国家論、そしてそれを論ずる時の、自分の経験を基に鋭い推察を加えながらの論の立て方、どれも作者の純粋な力量を感じさせる。

裏声で歌へ君が代 (新潮文庫)

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