夢屋さんの特売は朝9時に始まる

 学会があって。半年に1回のやつ。1人10分の発表時間。「順序立ててちゃんと説明してご覧?」はい。分かったから僕の脳髄をマドラーで掻き回すのはやめて下さい痒いかゆいかゆい。えー、今年の秋の学会が京産大でありました。通じての開催期間は4日間で、これが開催会場が例えば去年の弘前とか、あと例えば邪馬台国とか(各々、自説に従って出雲や九州などに行ってから、skypeで繋いで発表しあいます。アイマス?)だと、関西圏外は泊まりの出張扱いになるので行ってる間はずっと出なきゃいけないんですけど、今回は京都市内の開催なので。俺は3日目、自分の興味あるとこだけ行きました。というか、発表してきました。追加講演ってやつですね。なんか、学会の発表締切自体は5月末だかにあったんですけど、その後に出た結果については追加講演という形で結構認められて。それで3日目午前のパートの一番最後くらいに喋ることになってたということです。
 当日、起きたのが夜中の12時くらいでしたかねー。なんか本読んだりしてから、おもむろに作ってあった発表資料のpdfを見て喋る内容を考えて。で6時くらいに1回自分の大学に行って、資料の投影に使うiPadの接続を試すついでに説明のリハーサルをしてみたら10分ぴったり。良かった良かったなんて言いながら、7時過ぎくらいに会場に向かうわけ。確か誰かが「京産大は自転車で行ける」とか言ってたのを信じて、賀茂川沿いをずっと、北の方へ自転車を漕き出すんだ。つらい。そもそも、俺の荷物の重さがおかしい。なんたって、今朝接続を確認したiPadの他に、iPhoneでも接続出来るようにしてあるし、その他にwindowsのノートPCも持ってきてるし、もちろんUSBメモリにもデータが入っている。持てる限りの4重バックアップを全部カバンに入れているのね。バックアップ多過ぎだと思うけど、あのねえ、こういうことに関して、俺が一番、俺を信用していない。何を一番信用してないって、何かトラブルがあったときに、それを切り抜けてやり過ごすだけのアドリブ力と、あとその時は他の知人から使えるPCを借りたらいいじゃん的なコミュニケーション力を信用してない。全部自分の想定内に収めていないと俺は死ぬ。
 あのねえ、京産大まで自転車で行けるっていうの、多分嘘。地図的には道なりに7km、大体1時間かからないくらいなんだけど、あのねえ、延々と上り坂が続く。そりゃそうなんだよね、だって川が流れている逆の向きに向かって、延々と登ってくんだもん。自転車漕いでたら、びっくりするくらい汗かいててさ。これ、俺が鮭だったら、卵を産んでから白い腹を上にしてぷかぷか浮いちゃうよっつってさ。それも、ようやく川沿いの遊歩道を走ってくのも楽しくなってきたな、って思った頃にその遊歩道が行き止まりになってて。携帯で地図見たら、もう行き過ぎてた。なんだよ、つって。
 大学に着いたのが8時前くらい? 始まるまで1時間あったら、まだ殆ど周りに人がいないのね。なんだろうな、山の斜面を使った、やけに立体感のある構内で。屋外にエスカレーターとかあるんだよ。個人的には「地球上から俺以外の生命が消え去ったあとの上野動物園」って感じだと思ったんだけど、あとから他の人に「ここの構内って上野動物園に似てない?」って訊いたら「こんなんなってましたっけ」って言われたので、たぶん気のせいです。クマ舎の辺り、こんな感じだった気がするんだけどなー……。で、構内で一迷いしてから、汗だくのまま会場に入って、午前中の他の人の話を聞くわけ。
 なんか知らんけど、他の人の話、明らかに俺より情報量が多い。式も多いし、スライドの枚数も多いし、なんつうか、ちゃんと物理の話をしている。もう、全然情報量が違いすぎるから、途中で「俺、自分の持ち時間を勘違いしてるんじゃないか?」って3回くらいパンフレット見て確認したけど、みんなちゃんと10分、いやまあ質疑応答を含めると15分で、そこにはみ出る12分くらいが普通だったけど、それくらいでちゃんと喋ってる。おっかしーなー? つって。
 そんで自分の喋る番が来たから喋ってみたら、なんかえらい巻いちゃって。特に飛ばしたとこはないから全体的に早口になったんだと思うけど、たぶん8分とかそのくらいで終わったっぽい。他の人が12分で喋ってる中、8分で終わっちゃったら、そりゃ情報量は少ないよね。無理矢理捻り出してもらった質問も、なんかまともに答えられなくて。あーあ、つって。終わりました。
 午後の話も、まあみんな楽しそうで。気が付いたら終わってまして。んで、全部が終わってから、世話になってる共同研究者の教員がやってきて、こんこんと説かれるわけですよ。しかもねえ、これまでの経験で相当俺が厄介さんだということをこの人は身に沁みて分かっているので、かなり気を使われているような口調でさ。
「具体的にどこがと言うわけではないけど、全体的に、事務的で、素っ気ない」
 なるほどなるほど、と思うわけ。「垂乳根の→母」、「千早ぶる→神」、「事務的な→セックス」、なんつってね。その辺りのことは、まあ、自覚のあるところで。なんというか、俺、楽しそうじゃないんだよね。で、自分の研究がどのくらい面白いものなのかを知ってもらおうという、必死さが足りない。なんか、キャリアの最初から、ほっといても注目してもらえるような論文に関わらせてもらったから、っていうのもあんのかな? と思ったんだけど、まあでもよく考えると、自分のやってることの価値を自分であんまり信用してないという意味では、自分で書いた同人誌を原価割れの\100で売ってるくらいなんだから、多分何をやっても俺はきっとこんな感じ。
 最終的には「もっと場数を踏もう」というアドバイスをしてもらって、で帰路につくわけ。まあ帰路につくまでに自転車置き場に行く途中でポケットに手を入れたら自転車の鍵がなくて、「落とした……絶対、どこかに、自転車の鍵を……」と思いながら駐輪所に向かって、そしたらカバンの中に鍵はあったけど、何故か止めてある自転車のチェーンが勝手に外れてて、直したら手が真っ黒、みたいなことはありましたけど。ほんと、何やっても上手くいきませんな。
 で、帰り道も賀茂川沿いを、今度は下っていくんだ。気が付いたら、また行き止まりについてた。鴨川デルタっつって、賀茂川と高野川が合流して鴨川っていう1本の川になる真ん中の、そのちょうど三角形のとこ。その俺の、行き止まりに着くまでよく分かんないまま走り続ける癖は、どうにかならんのか。まあ、その鴨川デルタ、初めて来たんですけど。俺が大学に入った当時はそこでBBQをやるのがリア充サークルの新歓の恒例で、「鴨川デルタ集合」という響きがすごく甘美なものに聞こえていたのが、それが数年後には鴨川でのBBQが条例で禁止されてそういうのが一切出来なくなって、もうその「鴨川デルタ集合」って言葉は憧れを通り越して伝説みたいになってたのね。何畳半神話体系だ。気が付いたらそこに、初めて来てた。特にもう、ここには何もない。つか1人で来てもしょうがないんだ。「こんなとこか」なんつって、さ。こっからは自転車では出られないから、1回切り返して戻らないといけないんだけど、なんかもう自転車を降りたら、もう駄目だってなっちゃって。ぼけーっと立ちながら、どうして俺はこんなんなんだろうなーって考えてた。なんというか、もっと楽しく、楽しそうに、自分の夢を語れる人になれば良かった。夢を語れない物理屋さんは死ぬべきなのだ。