100815

  • 論文読み
    • やっとこイントロに至るまでの前提知識が揃ったので、イントロ流し読んで本論へ。なんか、1本目の論文として俺が読んだ、conifoldの特異点周りのトポロジーとかの話、大体この辺の論文の何読んでも本論の1節目で導出からやってんだけど、なんかこれはそういうルールとかあんの? 結合定数のβ関数とか当たり前のようにいきなり出してるのに(まあ次元解析していくつ回るか数えるだけなんだけど。異常次元ある場合もそれでいいんだっけか)、こういうのだけちゃんとやられると、なんか見えない陰棒を感じる。

 ごめん、なんか思ってたのと違くなった。とりあえず書いてから気付いたけど、たぶんこれ違うと思う。まあでも鬼瓦くん書いた時は大体いつもそう思ってるか。


 僕の名前は鬼瓦くん。「きゃあ〜!! ご主人様〜!! 汗腺開いちゃいますぅ〜!!」の口癖でお馴染みの汗だくメイドです。今日も今日とて、大好きなご主人様に銀食器を磨くよう命じられては乳下に溜まった汗をすくい上げきゅっぱきゅっぱと磨き上げ、ベッドメイキングを命じられてはシーツの三角折りに汗を垂らして折り目を整えていたのです。ところがどっこい、ある朝そのご主人様に「本日はシックに参りましょう」と、魚肉ソーセージと一緒に渡されたグレーのメイド服を喜び勇んで着てみたところ(ギョニソは醤油で焼いて食べました。シックに)、午後一にはもう汗染みでいつもの紺色メイド服になっていたもんだから、もうご主人様はご立腹。腹鼓を打ち鳴らして威嚇しながら、遂に僕のことをお屋敷から追い出してしまいました。シックに。
 路頭に迷った僕。新たなご主人様を探しに東へ右へ。アスファルトに落ちた汗染みを見たところ、この辺りの界隈をもう75√7周ほどしてしまったようだわ。このままではいけない。早く早く早く、新しいご主人様を見つけなくてわメイド食べ王子に食べられてしまう。メイド食べ王子はメイド食べ村(エビ漁で盛ん)のメイド食べ王で、夜な夜な主人のいないメイドを食べるのです。お母様から聞きました。誰かー誰かー汗だくメイドがご入り用の方はいらっしゃいませんかー。勇気を出して自分の汗でアスファルトにそんな雇用条件を書いていたら、「給与:スポーツドリンク1日10リットル」まで書いたところで、声をかけてきたのが恰幅のいい老紳士。身長5m。「だったらうちにいらっしゃい。スポーツドリンクに加えて魚肉ソーセージもあげましょう。」と言うのです。僕は側転しながら少し考えて、結局その老紳士の家にお世話になることにしました。シックに暑い夏の日のことでした。

 それからその老紳士の家に3日ほど勤めていたのですが、何やら様子がおかしいのです。その老人の家は3畳1間で、普段はその老紳士と2人、その部屋で体育座りをしているのですが(老紳士は身長が5mあるので、部屋の中で立ち上がることは出来ないのです)、お世話になっているのだからせめて掃除くらい、とホウキを手にすると、僕の背中をねめつけるような視線で老紳士が見るのです。掃除をしている間も特に僕に声をかけてくるでもなく、ただ僕の背中を追う目線だけが意識されます。振り向きざまなどに老紳士と目を合わせようと何度も試みたのですが、その度に老紳士は僕から視線を外し、白々しくも壁にかかっている魚肉ソーセージなどを手に取ったりするのです。それでいて、僕がメイド服の袖で汗を拭おうとするときに限ってそれを目ざとく見つけ、「これをお使い」と、決まってやや黄ばんだ白いシックなタオルを渡してくるのでした。シックに。

 そうして老紳士の家に勤め始めて4日目、いつものように家の庭に植えている魚肉ソーセージに水をやっていたところ、もうすぐ収穫できるかしらと目をつけていたやや大ぶりの魚肉ソーセージの実が、僕の目を見つめながら言いました。
「お逃げなさい、お逃げなさい」
その魚肉ソーセージ(その口調から僕はこの魚肉ソーセージがメスの魚肉ソーセージであることを理解しました。)は、ヘタから下がる自分の身をぶうらりぶらり、振り子のように揺らしながら僕に語りかけてきたのです。彼女の言うところによると、あの老紳士が僕を雇い入れたのは、僕のメイドとしての働きが目的だったのではなく、僕の汗だけが目的だったというのです。なんでも、魚肉ソーセージだけを食べて育ったメイドの汗からとれる塩がとある国の女子高生の間でラッキーアイテムとして大流行しているらしく(どうやら四股を踏む前に撒くらしいと彼女は言いました)、僕の汗を拭いたあのタオルなど、そこに吹いた塩を集めただけのものが大変な高値で取引されているそうなのです。
 それを聴いた僕は、全身が穢されたような気持ちになり、しばしの間、呆然としてしまいました。これでも生まれついてのメイドとして、祖母、母、そして公園に在住の見知らぬおじさん(本田さんと名乗っておられました)に教わったメイド道、その正中をひたすらに邁進してきた心算です。それをこのような邪な形で、しかも僕が僕でいられる最大の特徴である、汗だくということを利用するだなんて。
「お逃げなさい、お逃げなさい」
ぶうらりぶらり。話の途中に何度も彼女は僕にそう勧めたのですが、もはやそれでは僕の心に収まりがつきません。あの老紳士に何らかの形で復讐をしなければ。そしてあわよくばスポーツドリンクの在庫を持って行きたい。そう言う僕に、彼女は溜息を一度ついてから、またアドバイスをくれました。曰く、あの老紳士は電力で駆動しているらしく、背中から伸びるコンセントプラグを抜いてしまえばひとたまりもないのだと。その日の夜も更けてから、僕は早速老紳士の元に復讐に出向きました。

 戦いは困難を窮めました。しかし、最終的に僕は勝利したのです。かつて本田さんがメイド道の1つとしておっしゃった、「身長5mの老紳士と戦う場合、そいつは恐らく電力で動いているだろうから、まずはそいつのシックな心臓をシックな包丁などでシックに刺して動きを止めてから、コンセント・プラグ等の電力供給装置を破壊するんじゃ」という教えを忠実に実行したことが大きかったのだと思います。汗で濡れた手でコンセント・プラグに触ると大変なことになりますね。なりました。2度ほど。ですが、勝利の余韻は虚しいものでした。この老紳士を倒したところで、僕に遺されたものは、箱詰めにされたスポーツドリンクの在庫と、僕の汗で塩が吹いているシックなタオル、そして、僕にアドバイスをくれた魚肉ソーセージの彼女だけで、そして、僕が失ったものは、邪な目的であったとはいえ僕の身を請けた、確かにあれは僕のご主人様だったのです。僕はご主人様を倒した汗だくメイド。主人を倒すメイドなど、メイドと言えるのでしょうか? 僕は自分で自分のことを考えてせせら笑いました。メイド道だかなんだか知らないが、それを求めた先がこれか。僕は一体、何になれたんだ? 僕は、誰なんだ? アイデンティティー・クライシス、などと言うのでしょうか、僕は半分自失しかけたままふらふらと薄暗い夜闇を歩き出し、気付いたときにはまた、魚肉ソーセージが植えられた庭の前に戻っていました。

「酷い顔。あと汗拭いたら? あと酷い顔。しかも酷い顔。あら酷い顔」
彼女は戻ってきた僕の顔を見るなり言いました。罵倒するその言葉とは裏腹の優しさで、自分のツルを伸ばして僕の頬を撫でながら。先ほどの薄汚い自嘲の笑みのまま凝り固まった僕の顔の筋肉はそれで解きほぐされて、うっかり僕は先頃の疑問を口に出してしまいました。
「ねえ。僕は、誰なんだ?」
「あなたの名前は鬼瓦くん。『きゃあ〜!! ご主人様〜!! 汗腺開いちゃいますぅ〜!!』の口癖でお馴染みの汗だくメイド」
宙に浮かべただけのような僕の質問にも、当たり前のような口調で彼女は答えてくれました。これ以上僕が何を言っても、それはただの甘えになってしまう。わかっていても、僕は自分の叩きつけるような言葉を止めることは出来ませんでした。
「私情で主人を倒すようなメイドをメイドと呼べるならね」
「そういうんなら、私なんか魚肉ソーセージなのに日本語喋ってんのよ」
確かに普通の魚肉ソーセージは喋りません。ですが、そんなこと大した問題ではない、自嘲ですらない微笑みで堂々と、彼女は言いました。彼女が、自分が一番大切にしているもの、自分の言葉を噛みしめるようにしながら、ゆっくりと、僕の目を見て話す姿は、この日だけで何度も見ましたが、月の光を湛えているこの時が、最も美しいものだったように思います。
 ああ、と思いました。結局のところ、僕は主人を倒した汗だくメイドで、彼女は魚肉ソーセージで、でもそんなことはどうでもよくて、僕たちは言葉を交わしているのです。この時の僕たちの間には言葉以外のものは存在しなく、また他のものの必要もありませんでした。その意味で、僕たちは自分たちの言葉でのみ自分たちを定義できていたのだと思います。ことば。僕が彼女にあげられるもの。彼女が大切にしているもの。彼女が僕にくれたもの。彼女が僕を象るために必要なもの。僕が彼女を位置づけるために必要なもの。少しの時間、僕はゆっくり考えて、大きく溜息をついて、それから言いました。

「たぶん、自分の一番素敵なところは、自分にはわからないんだ」
「自分の肛門が、自分には見えないみたいに?」
彼女はいたずらっぽく笑って言いました。魚肉ソーセージに肛門はないのにそんな譬えを使って話す彼女の言葉は、間違いなく僕のために捧げられているものでした。だったら。出来るだけ、優しく、大切に、彼女の言葉を受け止めたいと。僕はそう思いました。
「そう、自分の肛門みたいに」
答えた僕の言葉に、その気持ちは少しでも乗っていたでしょうか?
「だったら――」
言葉を句切った彼女が、僕の顔から視線を上げて、細めた目で僕の後ろの空を見上げました。いつの間にか、朝陽が昇るような時間になっていたようです。彼女の視線を追って振り返った僕の背中に、彼女が言葉を続けました。
「だったら、私は。……私が。あなたを見ていたい。あなたが自分の肛門を見失う度に、私が教えてあげたい。あなたにも、ちゃんと肛門はついていますよって。いつだって。こんな風に、」
そう言って彼女は、ツルを伸ばして、アナルバイブみたいに震えながら、自分の身を僕の肛門に押し当てました。
 思うのです。この、汗疹とクソとゴミを捏ね合わせて作ったみたいな世あひぃん界の真ん中にいる、汗疹とクソとゴミを捏ね合わせて作ったみたいな僕は、彼女の言ひぎぃぃ葉を受けたその時だけ、少しだけ輝いていられるのだと。そして、そうやって言葉で世界を少しでも輝かせることが出来るふぁぁぁぁ彼女は本当に素敵で、僕はただ彼女の光をほんの少しだけ反射しているひゃぅっだけなのかもしれないけれど。それでも、その彼女が輝いていられる理由のあぅぐぅぅっほんの少しにでも、僕がなれるなら。それはとても、素敵なことだあひぃん。
 喘ぐ僕の頬を汗が一滴、二滴とまた伝って、朝陽を受けて燦めきながら、彼女の根元にぽつりと落ちました。