中島敦 『山月記・李陵 他九篇』

高校の現代文で『山月記』あたりは有名な中島敦。冷ややかな残月の未明、自己への執着ゆえに虎となった男の悲哀を漢語調で綴った『山月記』の、格調高く透徹した文章の印象があったんだけど、意外と、パラオなどの南国での感覚を綴った『環礁』あたりはエンターテインメント要素がないでもないじゃんと思いました。

もちろん『山月記』みたいな雰囲気の文章もあるけれど、どれも最後に、これまで悩んできた自分の哲学を、一個上の目線からメタ的に、カウンター的に自嘲してしまうような展開になります。そんなところに、早世してしまった作者の悲観を感じてしまうのはまあやりすぎだと思うけど、『悟浄出世』にも『狼疾記』にもあるいは『名人伝』にもそんな部分が見えるような気がしてなりません。

『李陵』や『弟子』なんかの、中国の昔の人の話も凄いです。文章が上品なのに、そこにいる「男」たちの生き様が生き生きと描かれている。特に面白いと思ったのは『李陵』の中の司馬遷を書いているところですね。持論に則り李陵を弁護した結果宮刑という屈辱に処され、現実では覇気を失い幽鬼のような形相でただ『史記』を綴ることに専念し、その『史記』の中での登場人物に乗り移るかのように書の中で生きていく司馬遷を、中国の史書に基づき決して逸脱しすぎることなくだが生き生きと描く作者という構造はなかなか感じ入るものがありますね。もちろん李陵や他の人物像も面白くて、うーん高校の世界史をやる前に読んでたら中国史が好きになれてたかもなあと思います。俺の高校の世界史の先生が「この人物はまさしく『漢』です!」とか言っちゃう人だったので、特にね。

山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)