財布落とした。

 金曜だったかな。財布を落としましてね。学校から帰ってくるまでの間に、尻ポケットに入れてあった長財布が落ちたらしくて。去年にクレカを落とした時も大概びっくりしましたけど、今回は現金にクレカにキャッシュカードに、あと15日に控えるKOTOKOのライブチケットが入ってましたからね。スケールがデカい。で、まあ、仕方ないからカード類だけ止めましたけど、あとはそれが金曜の夜だったので、まあ警察に届けるのはとりあえず週が明けてからにしようと思って。研究所の中を探したらあるかも知れないし、あと週末に宇宙人が攻めてきて地球が滅びちゃうかも知れないじゃないですか。まあ皆さんご存知の通り、実際は、これまでに日本に流通している貨幣の全てが月曜の朝にいきなり枯れ葉に代わっちゃって、目が醒めたらみんな排水溝にはまってたわけですけど。びっくりしたよね。
 まあ、そのせいで現金は意味が無くなったわけですけど、まあそのライブチケットと、あと財布の中に入ってた歯医者の診察券が要るなあ、っつって。つか月曜日が歯医者の予約入ってたので、そこで「診察券なくしちゃったでふ……」なんつって受付の歯科助手のお姉さんに怒られるの、嫌だなあと思って。そうやって正座したまま怒られたのがトラウマになって、マスク越しの篭もった声で罵られないと性的に興奮しないタイプの性癖に目覚めちゃったら、嫌だなあと思って。
 あとそう、財布は財布で思い出があるので大事なやつなんですよ。ポールスミスってとこの、黒い長財布なんですけど、これがねえ。去年の夏に実家帰った時に、中学の同級生で俺の唯一と言っていい今も連絡の取れる人ってのとファミレスに行った時に気が付いたんですけど、その人も俺のこの長財布と全く同じものを使ってたんですよ。「凄い偶然だね!」なんてその時は一頻り盛り上がったんですけど、まあその裏で「こんなクソ眼鏡小太りエロゲオタクと同じ財布なんか使ってた日にはセンスが疑われる……」って思われてたのかな、3ヶ月後にもっかい実家帰ってその人と会った時には、もうその人は違う財布を使ってたよね。その後、家に帰ってから壁を殴りながら「クソッ!クソッ!木漏れ日ファック!(木漏れ日ファック:梢を吹き抜けるそよ風、差し込む木漏れ日、そして背面立位) 」って思った、っていう思い出があります。壁を殴ったのがメインの方の思い出です。まあ、そんな大事な財布なので、まあ月曜に大学で見つからなかったのでそのまま交番へ届けに行きました。
 そしたらさ、警察署の方に届いてるらしくて。しかも現金入りでらしいんだよ。「なんじゃそりゃ」だよね。財布のセンスを疑われるどころか、俺の手の触れた現金は穢いから持っていく価値もないってことなのか! って一旦憤りを見せてから、今度は自転車を漕いで、交番から警察署まで行きましてね。
 まあそれまでに道を迷ってみたり、警察署に入ってうろうろしてたら受付係に呼び止められたりしているよ。それでもまあその遺失物係だったかな、そこへ行って。んでまあ、そこのお姉さんに聞いたら、ほんとに財布があるんだ。現金も、確かこのくらいだったかな、って額が入っている。んでお姉さんが更に「その他のカード類も検めさせて貰いました」なんつって、そのクレカやらキャッシュカードやら、あとアニメイトとメロンととらのあならしんばん(貯め終わったのあるから2枚)、そしてKOTOKOのチケットまでちゃんと戻って来てんだよ。「んー……検められてしまった……」としか言いようがないポイントカードしか持ってないな俺は。あ、あと、バスの回数券がやたら入ってたね、俺の財布。一時俺が一人で「バスの回数券ってすごくクールだよね!」キャンペーンを誰からも頼まれないままに開催して以来だけど、普通の回数券が1000円分と、プリペイドの回数券が500円分くらい入ってたのを改めて見せられて、「俺はどんだけバスに乗りたがっているんだ」って自分で思った。
 まあそれで、引き取りの書類に
「じゃあここに、財布って書いて下さい」
「はい……財、布、と」
「で、備考欄に、黒、そしてポールスミス、と書いて下さい」
「(ポールスミスを推すの……? そこなの……?)うい。黒、ポールスミス、と(気を利かせて、『中学の同級生と同じのを使っているのが露見した途端、相手に財布を変えられた思い出の財布』ってのも書いておこうかな?)」
なんて書いて、で判子押して提出する時に、小太りブサイクな俺の頬から汗が一滴、書類に垂れて「あわわ」なんて言いながら指で拭ったら「いいですよ、暑いですからね」なんて嘲笑われてから、無事に引き取りました。まあその係のお姉さん曰く、「拾ったのは20代の女性で、お礼も連絡の電話も要らないそうです」だってさ。20代の女性……ああ、あの人ね! 刑罰として他の誰からもその存在を認められない人として無視され続けているけど、本当は俺の後ろにずっと付いてきていることでお馴染みの、顔が緑色の通称カメムシ姉さんが拾ってくれたんだ! と思って。いやまあ違いますけど。いやほんと、拾ってくれた方には感謝の言葉もございませんけども。いやいやいや、ほんと、ありがたいことですよ。