幸田文 『父・こんなこと』

幸田露伴の次女である著者が、父の往生、葬送を綴った『父 -その死-』と、少女時代にその父から家事をみっちり仕込まれたことや幼少期の父との思い出を綴った『こんなこと』の二篇。自分には学がないということを繰り返す著者は、まさに父から実地で受け継いだ、綴ると言う言葉がよく似合う実直な、それでいて薫る上品さを湛えた文体で、偉大な父としての幸田露伴を描いてみせる。『こんなこと』に出てくる父親の強権やそれに(あんまり)文句も言わず従う娘の姿に関しては何十年も前の教育方針だから今の価値観で是非を語ることはしちゃいけないんだけれど、それだけのことをしながら日常の立ち居振る舞いで父親としての威厳を勝ち取ってみせる幸田露伴は文章を読んでるだけでも本当にかっこいい親父だし、それに真の尊敬と愛を抱く著者が最後に父親を看取る『父』、その没後に敬愛の念をもって回想する『こんなこと』のどちらも感情に迫るものがある。ぐっとくる部分だけでなく健在だった頃のユーモラスなエピソードも多く備えていて、その中からは著者からの父への敬愛だけでなく、この不器用な娘を確かに露伴も愛したのだということが伝わり、なんだかとてもよい。ああこれが日常に基づく父娘愛なんだなと。他にも今はあんまりみることの出来ない江戸っぽい慣習、掃除の作法やら着物、教育などの記述も、それを自ら運用し著者に授けた幸田露伴というフィルターを通すことでとても魅力的に思える。
父・こんなこと (新潮文庫)