米長邦雄 『われ破れたり』

 こないだの正月の時にもやっていた人間とコンピュータの将棋対決電王戦の、3年前に行われた第1回、その時点で第一線から退いていた当時の日本将棋連盟会長、永世棋聖米長邦雄が出て破れた一局の敗戦記。全盛期の自分との比較とそれを取り戻そうとするまで、その上でコンピュータ将棋と自分とを比較してその強さを認めた上で、コンピュータ将棋のある意味でのバグというか弱点を突くような手を選ぶことになったいきさつ、対局が始まりその目論見がはまった中盤まで、そして一つの敗着手から敗れ、その後の記者会見までを綴る。書題にもある通り、勝つか負けるかという二分がそのまま将来に影響を及ぼす分水嶺になっていたわけで、そこに人対人では指さないような、ある意味での価値観で言えば美しくない手を考えることの是非、永世棋聖が敗れてしまうことの是非、ニコニコ動画というバイラルメディアを通じた(素人目線のエンターテインメントとしての)評価も重んじるということの是非、たぶん近い将来に誰かがやらなくちゃいけなかったことを、当時の会長が全部格好良く背負っちゃった感があり、結局その後の第二回を観ることなく著者が亡くなっていることも踏まえてしまうと、どうも、いつの間にか著者に"分水嶺"の意味から丸ごと変えられてしまっちゃったような、会長としての胆力を思う。偉くなるということが、他人に何かを保証してもらえるということならば、その保証されているぶんは自分を低めるようなことを引っ被るのが地位なのかも知れないなあ、など。

われ敗れたり―コンピュータ棋戦のすべてを語る

われ敗れたり―コンピュータ棋戦のすべてを語る